Dentalism No.21
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 予定の時刻に颯爽とあらわれた弁護士・河合弘之氏は、よく通る声で開口一番「さぁ、何が聞きたい? 何でも聞いて」と、まるでどこからでもかかってきなさい、と言わんばかりの自信満々の表情で微笑んだ。 黄色いリネンシャツにダメージジーンズを合わせ、弁護士バッジの代わりに蜂のピンブローチを付けるという、予想外の装いに面食らっていると、楽しそうに語り始めた。河合 弘之弁護士取材・文/丹羽麻理 撮影/中島繁樹国内史上最高額5兆5千45億円の賠償請求を起こし、脱原発のドキュメンタリー映画を作った凄腕弁護士。河合 僕はね、趣味で六本木男声合唱団倶楽部に入っているんだけど、団長の三枝成彰さんから「あんたダサい!」って言われて、ある日、新宿伊勢丹のメンズ館に連れていかれて、ひと通り服を買わされたの。5年ほど前だったかなぁ。でね、お洒落に目覚めちゃったわけ(笑) ほら、ダサい恰好しているとみすぼらしく見えるじゃない。僕は今71歳だけど、この年代って「弊衣破帽」と言ってボロは着てても心は リアル「リーガルハイ」な男とも、弁護士界の「ブラック・ジャック」とも呼ばれる男、弁護士・河合弘之。バブル期には連戦連勝で負け知らず。ビジネス弁護士として辣腕をふるい、確固たる地位を築き上げ、成功を収めてきた。その一方で、中国残留孤児の国籍取得支援や脱原発運動を推進するなど、「未来の弁護人」として長年CSR活動にも携わっている。この衰えることのない行動力とバイタリティは、いったい何によって支えられているのか。歯科業界とも少なからず接点のある河合弘之氏への取材を通して、時代を生き抜くヒントをつかみ取りたい。Prole 河合弘之(かわい・ひろゆき)/1944年生まれ。東京大学法学部卒業。1967年に司法試験に合格。1970年司法修習を修了。第二東京弁護士会登録。虎の門法律事務所勤務を経て、1972年に独立。河合・竹内法律事務所開設。1991年さくら共同法律事務所と改称。Special InterviewLawyerHIROYUKIKAWAI特別企画デンタリズム 異業種インタビュー

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